TOKYO MER の最新作が出たとういうので劇場で観てきました。
千葉県は、「ほぼ東京(都市部)」と思われている方も多いと思いますが、私の住む南房総エリアは、熊がいないのは幸いですが、猿、鹿、猪、キョン、アライグマなどが県道を日常的に歩いている地域で、その総数は人工よりずっと多い。
都市部とは程遠いです。
映画を劇場で観ようとすると、最寄りが千葉市のUSシネマちはら台かTOHOシネマズ市原。
映画を1本見るにも、ほぼ一日がかりです。
それでも、良い作品は大きなスクリーンで、良い音で観たい。
そんな一日の感想です。
TOKYO MERは全て観ていますし、なんどか見返していますが、ストリーを知っていても、いつも心が癒やされます。
今回劇場で観ながら、時々仏前に座って読む『修証義』の一節が頭に流れました。
「布施、愛語、利行、同事」
TOKYO MERは、そのシリーズ最初から目を離せない災害現場等の映像も圧巻ですが、メンバーの行動(本)には、この「布施、愛語、利行、同事」という、仏教で言う菩薩様の業が貫かれいます。
みなが他を慮り、諦めずに持っているもので力を合わせれば、必ず良い方向に向かう。俯瞰的に見渡せば、貴賤や格差そんなものは、今の結果であって本質ではない。
そん考え方です。
だからなんど観ても心が動く、そう思いました。
「衆生を見るにまず慈愛の心をおこし顧愛の言語を施すなり」
作品中のナースやドクターの対応は、消防や警察との対比の中で際立って愛護の精神を感じます。
「利行というは、貴賤の衆生におきて利益の善功を廻らすなり」
子供の頃同じような災害で救命をしてもらった子が、それを受け止めて自分もMERのような現場で働き、また人を助ける立場になる。
貴賤にとらわれず、慈愛、利他で人に接することは、次につながっていく。自分のためである。
「布施というは貪らざるなり...彼が報謝を貪らず自らの力をわかつなり」
自分が持っている医療知識、技術、人的、物的な与えられた環境をもって眼の前にある命は必ず救う。
そんな姿勢が一貫している一方で、この作品は金銭などの見返りは求めておらず、常に助けてもらった方からの感謝です。
ここも清々しいです。
「同時というは、不違なり、自にも不違なり、他にも不違なり」
犯罪者であっても、その人生を見渡せば因果はある。
たまたまそうなっただけで、自分がその環境にいたらどうだろう。
そう思えれば、死刑になるかもしれない犯罪者の命を助けるその行為は潔いと感じます。
「その医療費はどこからでるんだい?」
という冷めた見方はありますが、これはドラマ、この作品ではなしということで。
実際の救急を抱える病院経営は大変なようです。
でも、このドラマに近いような環境で毎日私生活もままならず働いてくれいるみなさんがいるもの事実です。
感謝と共に、「おい、政治家!お前ら真面目にやれよ!」と言いたい。
独裁も困るけれど、「(力のない)船頭多くして船山に登る」っていうのが、今なのかな?
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