(家庭菜園)一年越しの里芋を掘り上げました

午後からは雨ぶり予報だったので、動く作業は午前中に全力集中の一日でした。

今月のやり残しの力仕事は里芋掘りです。

2年前に2畝植えて、昨年はみんなの協力を得て1畝は掘り上げました。

たくさんとれて、現物給与も出せて良い時間でしたが、1畝はみんなの『電池切れ』で、越冬放置に。

春に施肥、土寄せなどしたものの、今年の酷暑の中ほとんど手入れもしなかったので、この秋掘り出さなければ親芋も消滅してしまうという状況です。

で、頑張りました。

暮れからお正月のお雑煮に入れて食べるくらいの子芋(手前の籠)がとれて、画像奥は、酷暑、水不足、肥料不足の中でやせ細っていますが、子芋たちを育んでくれた親芋さんたちです。

この親芋さんたちを保存して春に植え付ければまた新しい命のつなぎをしてくれます。

芋の命の繋がり方にはいくつかパターンがありますが、じゃがいもや里芋のように親芋が根を張って栄養を吸収し、自分の身から次世代の子芋たちを作る。

子芋はまた親になりどんな厳しい環境の中でもまた愚直に命をつないでいく。

すごいですね。

実は畑仕事のようなことが好きな割には、里芋の葉につく芋虫(セスジスズメ)をみると背筋がゾクッとします。

昆虫はダメなんです。

子供の頃から視力が弱いので、「じ〜〜っ」と観察してしまうんですね。

至近でじっとみると、色もグロいし、葉を食べていいる口の動きなどもぞくぞくします。

ジジイになっても以下同文です。

が、特に里芋については、親芋に寄り添ってぽこぽこついた子芋はなんだか人の生命のつながり、日々の営みと似た感があり、芋掘り大好き。

人間様はというと、

自分と他人を比べて不平不満ばかり。

自分に原因があるのに、まず他人を批判して不平、攻撃。

芋たちは、肥料がなくても、水がなくても、今あるもので自分を実現し、必死で次世代を残そうとします。

人であれば次世代とは実子に限ったことではないですよね。

思い、文化なども次世代に残すべき遺産、命ではないかと思います。

人は9世代(約300年)さかのぼると先祖は1022人だそうです。

限界集落に住んているとご近所はみな親戚のようなもの。

これは実感です。

さて300年前はというと、

江戸時代、あの8代将軍徳川吉宗さんの時期です。

昭和の人ならご存知、TV時代劇『暴れん坊将軍』の時代です。

そう遠いわけではなくイメージのできない時間ではないと思います。

だって、昭和でさえ今年は昭和100年です。

田舎住まいの方ならお墓に江戸時代の墓石があることも少なくないでしょう。

いつも批判し不平をいって攻撃している隣人は、実は自分と同じ家系かもしれません。

そしてそれによって自分が大変なストレスと受けている。

まったくムダなことですよね。

そのエネルギーを自分のために使えば、もっとラクな充実した時間がおくれます。

2025年、紀元までさかのぼれば、計算上は100兆人もの人が命のバトンタッチをした結果で、今の自分いるとうことのようです。

数字が大きすぎてピンときませんが、宇宙のビッグバンで生命という不思議なエネルギーができ、それが脈々と受け継がれてきた奇跡のリレーの最先端を担っているのが今の自分の命。

「人類は皆兄弟」なんですね。

自分の命を養うために、同じように生き延びてきた今を生きる生き物の命を頂いているいるのだと思うと、「ほんと、里芋さん、ありがとう」です。

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)

皆由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)

従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)

一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)

毎朝お仏壇で唱えている短いお経です。

これ、一言でいえば「今の自分があるのは自業自得。誰のせいでもない。自分に向き合ってご覧なさい」というお釈迦様の教えかと理解しています。

長いお経はよくわかりませんが、この呪文は心に響いてお唱えしています。

奇跡のリレーの残された時間、ちゃんと生きなきゃな!と思います。

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