家庭菜園の畑もすっかり定番の夏野菜に、プランター植えの花も今年はペチュニアとサンパチェンスに切り替わりました。
活着して根をはるまでかわいたら水やりの毎日です。
梅雨が来て植物はぐんぐん勢いがでます。
梅雨明け後は地植えした夏野菜は耐性ができるので、真夏のカンカン照りが続くようなとき以外は水をまきませんが、プランターや鉢植えは、根を入れ物でコントロールしているので毎日の、場合によっては朝夕の水やりは必須です。
お風呂の水を屋外の桶に水中ポンプで汲み出したり、雨水をためるなどの工夫はしてきたですが、基本は上水道をジャブジャブシャワーです。
相当使っても水道代は月にすれば三千円代で大変有り難く思っているのですが、利根川の自然水を飲めるまでに浄化してくれているコスト、それに関わっているたくさんの人たちがいて、あたりまえに栓をひねれば蛇口から安心して飲める水が当たり前に流れ出る。
「あたりまえ」をセキュアに安定して安く届けてくれる、これはすごいことです。
真夏の渇水期にその飲める水をジャブジャブシャワーで使って良いはずはない。
雨水の溜め込み、お風呂の水の再利用。その他に?関心を持ち続けました。
で、当たり前の風景になっていてまったく関心のなかった古井戸に気づきました。
これを埋めるほどの度量もなく、活かすほどの器量もなくほおって来たものです。
この井戸は、上水道が整備されていなかった昭和の時代、わが家の生活、命の源でした。
この水で沸かした産湯に浸かり、産土神にお参りし、この水を飲んで育ちました。
井戸の蓋のトタンのペイントは数年おきにしてましたが、中を覗き込んだ記憶はそうとうないです。
古くなった蓋をずらして井戸の中を覗いてみたら、
「ふるいどを のぞけばそこに われがいた」
かれるどころか、3mほど下に満々と水が溜まっていました。
少年の頃、家族総出で井戸はらいをしたり、兄たちと釣瓶で汲み出してゴエモン風呂に水をはったり、薪で沸かしたり・・・。走馬灯のようにというんでしょうか?
この夏に、また先祖さまの掘ってくれた井戸水を生活の中に戻していこうという気持ちになりました。

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